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高松高等裁判所 昭和62年(行コ)2号 判決

控訴人

田中寿三郎

青野貴司

玉井三山

伊藤隆志

小西紀生

右控訴人五名訴訟代理人弁護士

東俊一

津村健太郎

右訴訟復代理人弁護士

今川正章

久保和彦

控訴人

秋川保親

被控訴人

道前福祉衛生事務組合

右代表者組合長

桑原富雄

右訴訟代理人弁護士

佐伯継一郎

被控訴人

株式会社タクマ

右代表者代表取締役

福田順吉

右訴訟代理人弁護士

菅原辰二

右訴訟復代理人弁護士

佐伯継一郎

被控訴人

西健次

塩出盛夫

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士

藤山薫

右訴訟復代理人弁護士

佐伯継一郎

主文

一  原判決主文第二項のうち被控訴人塩出盛夫に関する部分を取り消す。

二  控訴人らの被控訴人塩出盛夫に対する訴を却下する。

三  控訴人らのその余の控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら代理人は、「原判決主文第一、二項を取り消す。被控訴人西健次、同株式会社タクマは、被控訴人道前福祉衛生事務組合に対し、各自金七五七万〇三一一円及びこれに対する被控訴人西健次については昭和五四年九月八日から、被控訴人株式会社タクマについては同月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人西健次、同塩出盛夫は、被控訴人道前福祉衛生事務組合に対し、各自金六六〇万円及びこれに対する昭和五四年九月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人道前福祉衛生事務組合は、控訴人らに対し金一四〇万円を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、並びに、仮執行宣言を求め、被控訴人ら代理人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、当審における控訴人の主張を次のとおり付加し、当審における証拠につき当審記録中の証人等目録の記載を引用するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決書九丁表八行目「七月二〇日付け」から同所九行目「通知した」までを「七月三〇日付けで、原告らに対し、請求原因2違法行為のうち(一)、(二)及び(四)については監査請求に理由がない旨、同(三)については監査請求期間を徒過している旨の監査結果を通知した。」と改める。)。

(当審における控訴人らの主張)

1  地方自治法(以下、「法」と略称す。)二四二条二項本文には、「当該行為があった日又は終った日から一年を経過した時は、監査請求をすることができない。」と定められているが、右条項の適用に際しては、「当該行為」すなわち、監査請求の対象とされている行為が、一回的なものかあるいは継続性を有するものかの判断を必要とし、その行為が継続性をもつものである場合、これが継続している限り、右条項にいう一年の期間は進行しないこととなる。

ところで、本件において控訴人らが監査請求の対象としている各行為(引用にかかる原判決請求原因2の(一)ないし(三)の行為)は、いずれも被控訴人道前福祉衛生事務組合から被控訴人株式会社タクマへの金銭預託行為であるから、これらの金員が預託されている限り継続しており本件監査請求をした昭和五四年六月一日にもまだ行為が終了していないものである。したがって、本件監査請求に期間徒過の違法はない。

2  仮に、本件監査請求が、法二四二条二項本文の請求期間経過後にされたものとしても、次のとおり、同項但書にいう「正当な理由」が存在するので、控訴人らのした本件監査請求は適法なものというべきである。

(一) 法の住民監査制度の趣旨は、地方公共団体の財務会計上の処理にあたる職員の違法又は不当な職務行為により、納税者としての住民が損失を被むることを防止するため、違法又は不当な行為の予防、是正を図る権利を直接住民に与えたものである。したがって、地方公共団体の住民は、いつでもかかる違法・不当な行為の是正を求めることができるのが原則であるが、いつまでも監査請求ができるとすると、地方自治体の行政運営及び取引の安定が阻害されることになるので、一年の期間制限が設けられるとともに、右期間制限を適用することが著しく正義に反する特別な事情の存する場合もあることを慮って、かかる場合には、期間経過後もなお監査請求が許されるべきものとして右但書が設けられたのである。

そこで、右但書の「正当な理由」とは、右の趣旨から一般的には(1)当該行為が極めて秘密裡に行われ、一年を経過した後初めて明るみに出た時、②天災地変等で交通途絶になり請求期間を徒過した時などを指し、主観的事情を含まないと解されている。したがって、監査請求の対象となる当該行為が、関係者により一般住民に隠され秘密裡にされたなど、一般住民に知り得ない特別な事情がある場合においては、住民が相当の注意力をもって調査すれば当該行為を知り得たであろうと認められる客観的な条件ないし事実関係が生じた時から、相当な期間内であれば、監査請求をすることが許されると解されている。

(二) そこで本件の場合、右に従って考えると、控訴人ら主張の各行為を違法ならしめる事実、即ち設計変更、代金減額交渉があった事実、工事に一部未施工があった事実等は、被控訴人組合の当時の組合長であり、かつ小松町長でもあった被控訴人西健次が、小松町長室で被控訴人タクマの担当者岡嶋と秘密裡に取り決めたことであって、かかる事実の存したことは、一般住民にとって到底知り得ないことであった。これが一般住民に知られる端緒となったのは、昭和五三年九月一五日、新聞紙上に本件各行為をめぐる疑惑問題が報じられたことにある。

それ以後控訴人らは、東予市議会、小松町議会において質問をしたり、同年一〇月及び翌年六月の二回にわたり措置請求書の提出等をするなど、事件の真相究明に務めたが、被控訴人組合らの非協力により真相が判明せず、昭和五四年六月一日本件監査請求に及んだものである。

(三) 以上のとおりであるから、控訴人ら一般住民が、法上要請される相当の注意力をもってするべき程度の調査義務を尽くしておれば、当該違法、不当の行為を知り得たであろうと認められる客観的な条件ないし事実関係が生じた時点は、本件各行為を巡る疑惑が新聞に報道された昭和五三年九月一五日であるということができ、本件各行為についてした控訴人らの監査請求は、右時点から約八か月半を経た昭和五四年六月一日にされたのであるから、右監査請求は、法二四二条二項但書の正当理由が存在するというべきである。

理由

一控訴人らは、原審昭和五四年(行ウ)第一一号事件(第一事件)についてのみ控訴を申し立て、同昭和五六年(行ウ)第六号事件(第二事件)についての不服申立てはないので、当審においては、以下第一事件についてのみ判断する。

二引用にかかる原審第一事件の請求原因1の(一)(原告らの適格に関する事実)、(二)(被告らの適格に関する事実、ただし、取下前被告行本宗次郎に関する部分を除く。)の事実は当事者間に争いがなく、同3(監査請求に関する事実、ただし、本判決において訂正後のもの。)の事実は、控訴人らと被控訴人組合、西、塩出との間では争いがなく、被控訴人タクマとの間では、〈書証番号略〉によって認められ、同2の(一)ないし(四)のうち、請負契約の締結、工事の着手、完成、工事代金の支払に関する事実は、いずれも当該関係当事者間で争いがない。

三そこでまず、被控訴人らの本案前の抗弁について判断する。

1  控訴人らは、被控訴人組合がその目的事業の執行のため、業者に対し工場建設、機械類の設備設置、修理等を請負わせたが、契約後工事代金が減額されているのに当初の契約によって代金を支払った(請求原因2(一)及び(三))、工事に未完成部分があるのに完成したとして代金全額を支払った(同(二)及び(四))行為を違法であるとして、この支出を認めた当時の被控訴人組合長の被控訴人西は、被控訴人組合に対し損害賠償義務があること、工事業者である被控訴人タクマは、被控訴人組合に対し不当利得返還義務があること、被控訴人塩出は、工事業者(訴外田中商会)の保証人として右業者の債務不履行による損害賠償義務につき保証責任(損害賠償義務)があることを前提に、被控訴人組合が、右の実体上の請求権を行使しないことをもって財産の管理を怠る事実としていることは明白である。

2  このように、地方公共団体(の組合)において、違法に財産の管理を怠る事実があるとして法二四二条一項により住民監査請求をする場合には、同条二項に定める一年の請求期間の計算基準は、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終った日を基準とすべきものと解される(最高裁昭和六二年二月二〇日判決)ところ、前記事実によれば、怠る事実に係る損害賠償請求権及び不当利得返還請求権は、請求原因2の(一)については、おそくとも最終代金支払日である昭和四九年五月三一日、同(二)については、代金支払日である昭和五〇年四月二三日、同(三)については、最終代金支払日である昭和五〇年一二月二七日、同(四)については、右と同じく昭和五〇年四月二三日にそれぞれ発生したこと、いいかえれば、右の日に請求権の発生原因たる行為があったと認めることができる。

この点、控訴人らは、工事請負契約締結にあたり代金を預託したもので、預託行為は継続しているので、まだ終了していないと主張するが、前示の説示で明らかなように、本件で財産の管理を怠る事実としているものは公金の違法、不当支出(支払)であって、工事の請負契約及びこれに付随する金銭の預託契約ないしは預託行為ではないから、控訴人らの右主張は採用の限りでない。

3 そして、控訴人らが、右怠る事実について監査請求をした日が、昭和五四年六月一日であることは当事者間に争いがないから、前示認定の怠る事実に係る実体上の請求権の発生原因たる当該行為のあった日を基準として見ると、本件監査請求は、法二四二条二項本文の一年の請求期間を徒過した後にされたものといわなければならない。

四次に控訴人ら主張の、法二四二条二項但書の「正当な理由」の存否について判断をすすめる。

1  控訴人らが主張する被控訴人組合の代金支払行為(請求権発生の原因たる行為)が、ことさら秘密裡にされたものでないことの認定については、原判決書二八丁表六行目から同丁裏一〇行目までに説示のとおりであるから、これをここに引用する。

2  加えて、控訴人らは、当審において、「被控訴人組合の一連の支出行為に疑惑があるとして、一般新聞紙上に報道されたのが昭和五三年九月一五日であり、右時点で控訴人らの主張する本件の違法な財務会計上の行為があったのを知った」と主張するので、この点について勘案する。

〈書証番号略〉、原審における控訴人伊藤隆志本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、昭和五三年九月一五日の新聞報道により清掃第二工場の建設をめぐる財務会計上の行為について疑惑のあることを知った控訴人らは、東予市議会議員である控訴人田中寿三郎、小松町議会議員である控訴人玉井三山、同伊藤隆志が昭和五三年九月二〇日ころから同月末にかけて被控訴人組合を構成する二市二町の各議会での審議を通じて事実関係を究明しようとしたが、納得のいく解明ができなかったので、同月二八日、請求原因2の(一)の事実関係について被控訴人組合監査委員に対し監査請求をするとともに、同年一〇月二五日、被控訴人組合に、清掃第二工場建設工事の問題について、法一〇〇条一項による調査特別委員会を設置して真相を糾明することを要求し、これが容れられた。そして、同年一一月二四日付けで、先の監査請求に対し一部請求に理由があるとして、被控訴人タクマから被控訴人組合に七七四一円を返還させること、その余は理由がない旨の監査結果が通知された。次いで、同年一二月二〇日、一〇〇条委員会の中間報告がされ、その調査対象が控訴人らの本訴対象行為の四つの問題に及んでいることが示された。右委員会は、昭和五四年一月三〇日をもって調査を終了し、その結果は、同年三月の各構成市・町の議会で報告がされた。控訴人らは、これに不服として本件監査請求に及んだものである。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、控訴人らは前示請求原因2の(一)の関係についてはおそくとも昭和五三年九月一五日、同(二)ないし(三)の関係については同年一二月二〇日ころ、本訴で主張する違法に財産の管理を怠る事実を了知したものと認められる。

したがって、控訴人らのした監査請求が法二四二条二項但書の「正当な理由」があるかどうかは、右認定の事実を知った時から監査請求をするまでの期間が相当であるといえるかどうかにかかるところ、控訴人らの監査請求は、控訴人らのいう財務会計上の違法な支出行為である請求原因2の(一)の事実についてはこれを知ってから約八か月半、同(二)ないし(四)の事実については同様五か月余経過した後にされたものということができ、これに当該財務会計上の支出行為があってから監査請求までの間に、請求原因2の(一)については五年、(二)及び(四)については四年一か月、(三)については一年五か月が経過している事情をも合わせ考察すると、本件監査請求が、本件支出行為があった日から一年を経過した後にされたことについて、「正当な理由がある」ということはできない(最高裁判所昭和六三年四月二二日判決参照)。

なお、控訴人らが先に昭和五三年九月二八日付けで一部につき監査請求をしているが、これに対する監査結果に関し適式な住民訴訟に及んでいないことから、右請求があったことは先の判断を左右するものではない。

また、一〇〇条委員会による調査と住民監査請求とは別個な手続であるから、一〇〇条委員会での調査が進行していたことも、「正当な理由」の存否の判断に影響を与えるものではない。

更に、被控訴人組合の監査委員会が、本件監査請求の一部につき誤って「正当な理由」があるとしてこれを受理し、監査を行ったとしても、そのことによって監査請求の期間を徒過した本件監査請求ひいては本件訴えが適法となるものではない。

控訴人らの、被控訴人組合を除くその余の被控訴人らに対する訴の前提要件である監査請求が不適法であるとの抗弁は理由がある。

よって、控訴人らの被控訴人西、タクマ及び塩出に対する訴は不適格として却下されるべきである。

五被控訴人組合に対する請求については、控訴人らの被控訴人西、タクマ及び塩出に対する訴が不適法として却下される以上、本件弁護士費用を請求することができないことは、法二四二条の二第七項によって明らかであるから、理由がなく棄却されるべきである。

六よって、控訴人らの被控訴人西及びタクマに対する訴を却下し、被控訴人組合に対する請求を棄却した原判決は相当であるから、この部分に対する控訴は理由がなく棄却されるべく、被控訴人塩出に対する請求を棄却した原判決は不当であるから、原判決のこの部分を取り消し、同人に対する訴を却下し(控訴人らにとって不利益変更にはあたらない。)、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九六条、九二条但書、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安國種彦 裁判官山口茂一 裁判官井上郁夫)

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